伽藍復興浄財勧募のお願い

覚盛寺本堂屋根修理・改築・復興事業浄財勧募のお願い

 

 新成田山覚盛寺は奈良県桜井市にある総本山長谷寺の末寺であり、九州唯一の真言宗豊山派の寺院です。

「有重(ありしげ)のお不動さま」として親しまれ、佐賀市内はもとより長崎県や福岡県からも多くの信徒が集まる祈願寺院でした。

初代 蒲原覚盛上人は中年の頃に難病に罹り、医薬の効なく悲嘆に暮れていましたが、弘法大師を信仰し佐賀新四国や篠栗霊場を参拝するうちに御陰を頂き病気が平癒したそうです。覚盛上人はこの不思議によって更に信仰を深め、また仏のお慈悲に感謝するため守り本尊であった不動明王に一心に祈りを捧げていたところ、病気が治ってから五年後の大正十四年二月二十三日に不動尊から透視霊感および利剣の霊気術を授けられました。上人はこの加持力によって難病に苦しむ人を救い、不運に悩む人を導くようになり、序々に信徒が集まるようになりました。そして佐賀県鹿島市の誕生院(興教大師覚鑁上人誕生地)にて当時の住職 小林正盛大僧正(総本山長谷寺第六十六世化主)の弟子となり正式に僧侶となりました。昭和二年には三間×五間の本堂が落慶し更に多くの信徒が集まるようになりましたが、これもついに手狭となるに及び昭和十五年に七間四面の現本堂が建立されました。

第二代 蒲原泰盛和尚の代まで法灯を護持しておりましたが、平成十八年十二月十五日に後継者が決まらないまま泰盛和尚が遷化されて以後、お堂が閉まったままのため多くの信者様方もほとんどが離れてしまいました。全くの信者寺で檀家も墓地も無かったため後任住職もすぐには決まりませんでしたが、平成二十三年より兼務寺院として月に一度の縁日護摩が復活いたしました。爾来、現住職は代理として毎月出仕して参りましたが、平成二十六年四月一日付けをもちまして正住職を拝命いたしました。

本堂・庫裏の老朽化は泰盛和尚の頃から目立っていたようで、台風などの影響で屋根も傷んでいたと思われますが、約五年間無住化していたため更に傷みが進んでまいりました。当初、本堂の雨漏りは進む一方で内陣まで濡れだしておりました。外陣の畳も一部腐り出し、天井裏も相当な傷みでありました。また、旧庫裏客殿は改修することが不可能なほどで廃屋状態でした。

有縁の方々のお陰様で本堂の屋根修理も終わり、小さいながらも庫裏の再建も実現致しました。ただ、檀家の無い寺故に勧募だけでは賄えずに銀行から借入を致しました。

つきましては、ご縁のある皆様におかれましては「有重不動尊」の今後の存続と発展のため、重ねて絶大なるご援助を賜りたく伏してお願い申し上げる次第でございます。                            合 掌

 令和二年一月吉日

             新成田山覚盛寺住職  佐久間 秀紘

                        役員・総代一同

 信 者 ・ 有 縁 者 各 位

 

  • 勧募金納入方法記号番号  00100 ― 7 ― 264559 
  1. 名 義   新成田山覚盛寺
  2. ゆうちょ銀行振込

(手数料加入者払いの振込用紙がございます)

連絡先(東京事務所)

電話・FAX 03(5284)9662

携帯     090(2708)2947

住職 佐久間 秀紘

檀家の無い寺なので勧募の方法に苦慮いたしております。信者・有縁者の皆様の善意だけが頼みであります。ご寄進いただきました方々のご芳名は台帳に記し永く後世に伝えたいと存じます。何卒、宜しくお願い申し上げます。

南無大聖不動明王   

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